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日本・東洋美術史

 

今回取り上げるのは平安時代の肖像である、奈良は東大寺の良弁僧正像だ。まず、良弁とは、東大寺の初代別当で、行基らとともに東大寺大仏の建立に携わって成果を挙げた人物である。ただ、彼の伝記は理想化された部分が多々あるとみられており、良弁とは金鷺優婆塞のことではないかとする説も存在している。この像はとても重量感のある像で、頭体とも物理的な奥行を満足に有している。その頭体の幹部、つまり体部両側と四肢はヒノキとおぼしき一材から彫りだされている。いまだに当時の着色が残る部分は少なくなく、白地に肉身の肉色や、法衣の緑、袈裟の隅で書かれた遠山文様などもしっかり残っている。作風の特徴として、着衣に刻まれた衣文は形式的に整理された箇所も見受けられるが、彫口も鋭い。顔の造形は少々写実性に欠けるが、眼光鋭い目などの彫口は鋭い。つまり、平安初期の要素が非常に色濃く残存しており、内刳も施さない一木造りの技法も平安初期風である。ただ、目は上瞼の線をほとんど水平に調え、下瞼の線を弧線で表した伏し目がちに表現されているところから、一種の理想化した面貌表現かと見られている。また、このような神秘的な顔立ちがしばしばみられることから、その制作年代は、良弁が亡くなってから相当後に制作されたものだとされている。では、平安時代の肖像彫刻の特色とは何だろうか。この疑問への答えは難しいもので、その理由は遺品が極端に少ないことと、写実的な作品がほとんど見当たらないためである。